私たちの想い
私たちが暮らす日本、そして山形は、四季の恵みが豊かで、季節の移り変わりとともに、旬の恵みを味わえることはとてもありがたいことです。
一方、気候危機とも言われるよう、線状降水帯・異常乾燥など、自然の脅威は毎年のように増えて、人の暮らし方・農業を含む産業のあり方が問われる時代だとも思います。
令和6年に始まった「令和の米騒動」も、備蓄米放出で沈静化すると思いきや焼け石に水状態。今度は令和7年産新米出荷で沈静化すると思いきや、産地での米の集荷合戦は加熱を極め、過去最高水準の米価を記録しています。当然ながら、それは消費者の購入価格に反映し、テレビでは毎日のようにお米の価格の話題に目を奪われています。
確かに、令和5年までの価格は、米の再生産さえ難しく、農家個数は減少の一途。その皺寄せが一気に来たのも当然と言えば当然のこととも言えます。ただ、極端な価格変動は、消費生産両側に負担があり、消費は減少し、生産も先行き不安(極端な暴落懸念)から生産拡大できず、この先の食糧不安の解決に糸口は見えていない状態に思います。
日本のお米や農産物は食べられなくなるの?そんな不安を抱く方も多いかと思います。
どうすればこれからも安心して日本のお米や農産物を食べることができ、農家が安心して農業ができるか。
消費者・生産者お互いの想いの共有の中で解決の糸口を見つけていければ幸いです。
一方、気候危機とも言われるよう、線状降水帯・異常乾燥など、自然の脅威は毎年のように増えて、人の暮らし方・農業を含む産業のあり方が問われる時代だとも思います。
令和6年に始まった「令和の米騒動」も、備蓄米放出で沈静化すると思いきや焼け石に水状態。今度は令和7年産新米出荷で沈静化すると思いきや、産地での米の集荷合戦は加熱を極め、過去最高水準の米価を記録しています。当然ながら、それは消費者の購入価格に反映し、テレビでは毎日のようにお米の価格の話題に目を奪われています。
確かに、令和5年までの価格は、米の再生産さえ難しく、農家個数は減少の一途。その皺寄せが一気に来たのも当然と言えば当然のこととも言えます。ただ、極端な価格変動は、消費生産両側に負担があり、消費は減少し、生産も先行き不安(極端な暴落懸念)から生産拡大できず、この先の食糧不安の解決に糸口は見えていない状態に思います。
日本のお米や農産物は食べられなくなるの?そんな不安を抱く方も多いかと思います。
どうすればこれからも安心して日本のお米や農産物を食べることができ、農家が安心して農業ができるか。
消費者・生産者お互いの想いの共有の中で解決の糸口を見つけていければ幸いです。